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19話 エピローグ

last update Last Updated: 2025-07-14 18:57:59

 予想通り川の水が氾濫したせいで、村の農地は大きな打撃を受けた。

 不幸中の幸いは、素早い避難で村人に被害が出なかったこと。収穫が終わっていたので、保存しておいた作物の一部は無事だったこと。

 ルクス様と私はその場で税金の免除を決めた。それから無事だった作物を村人に配って、当座の食料を確保した。

 もちろんそれだけでは足りない。公爵領の他の村や町から、急いで援助を行うのも決めた。

 それらを村人に伝えると、家と農地を失って絶望していた彼らに、少しの希望が戻ってきた。

 水害にあった農地は、そのままでは使い物にならない。

 農地の再建とあわせて、川の治水工事を改めて行うことにした。

 どちらも公爵領の公共事業として、人足にはお給料を出す。村人たちは当面はそのお給料で暮らしてもらうつもりだ。

 かなりの出費になるが、今までの蓄えと実家の派閥を頼って金策をしたおかげで、なんとか事足りた。

 派閥からの借金は、領地が乗っ取られないよう慎重に進めた。

 治水工事が済めば、収穫高はかなりの増加が見込める。将来性をアピールしながら、金利などの条件は厳しく精査した。

 村のために奔走するのは、忙しかったけれどやりがいのある仕事だった。

 叔父夫妻はすっかり大人しくなってしまった。

 叔父はショック状態がなかなか治らず、やっと落ち着いた後も自分の家に引きこもっている。

 土砂崩れに巻き込まれて死にかけたのと、村が水害に飲み込まれたのを目の当たりにして、よほど恐ろしかったらしい。

 ぶるぶると震えながら今までの過ちを認めた。

 正式な裁判はまだだが、勝てる可能性はかなり高くなった。

 彼らにはしっかりと罪を償ってもらうつもりである。

 それからなんと、昔ルクス様の食事に毒を盛った侍女が自首をしてきた。

 彼女は叔母の命令で毒を入れた。家族を人質に取られ、無理やりお金を握らされて逆らえなかったらしい。

 侍女は叔母の手引で他の貴族の領地に隠れ住んでいたが、公爵領の一件を聞いて過去を清算しに来たと言っていた。

 彼女は深く悔いていた。死刑になって当然だと。<
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  • 大嫌いな公爵閣下との婚約を解消するつもりだったのですが、何故かペットにされています   19話 エピローグ

     予想通り川の水が氾濫したせいで、村の農地は大きな打撃を受けた。 不幸中の幸いは、素早い避難で村人に被害が出なかったこと。収穫が終わっていたので、保存しておいた作物の一部は無事だったこと。 ルクス様と私はその場で税金の免除を決めた。それから無事だった作物を村人に配って、当座の食料を確保した。 もちろんそれだけでは足りない。公爵領の他の村や町から、急いで援助を行うのも決めた。 それらを村人に伝えると、家と農地を失って絶望していた彼らに、少しの希望が戻ってきた。 水害にあった農地は、そのままでは使い物にならない。 農地の再建とあわせて、川の治水工事を改めて行うことにした。 どちらも公爵領の公共事業として、人足にはお給料を出す。村人たちは当面はそのお給料で暮らしてもらうつもりだ。 かなりの出費になるが、今までの蓄えと実家の派閥を頼って金策をしたおかげで、なんとか事足りた。 派閥からの借金は、領地が乗っ取られないよう慎重に進めた。 治水工事が済めば、収穫高はかなりの増加が見込める。将来性をアピールしながら、金利などの条件は厳しく精査した。 村のために奔走するのは、忙しかったけれどやりがいのある仕事だった。 叔父夫妻はすっかり大人しくなってしまった。 叔父はショック状態がなかなか治らず、やっと落ち着いた後も自分の家に引きこもっている。 土砂崩れに巻き込まれて死にかけたのと、村が水害に飲み込まれたのを目の当たりにして、よほど恐ろしかったらしい。 ぶるぶると震えながら今までの過ちを認めた。 正式な裁判はまだだが、勝てる可能性はかなり高くなった。 彼らにはしっかりと罪を償ってもらうつもりである。 それからなんと、昔ルクス様の食事に毒を盛った侍女が自首をしてきた。 彼女は叔母の命令で毒を入れた。家族を人質に取られ、無理やりお金を握らされて逆らえなかったらしい。 侍女は叔母の手引で他の貴族の領地に隠れ住んでいたが、公爵領の一件を聞いて過去を清算しに来たと言っていた。 彼女は深く悔いていた。死刑になって当然だと。

  • 大嫌いな公爵閣下との婚約を解消するつもりだったのですが、何故かペットにされています   18話 緑の魔法

    「クレア。きみだったのか……」 ルクス様は呟くように言って――すぐに首を振った。「いいや、今はそれよりも。状況を教えてくれ」「はい。ナナとヴィッキーは無事です。ついでに叔父さまも」 ヨルゴと村長が大きく息を吐くのが聞こえた。「でも、ヴィッキーの足が柱にはさまれていて動けません。意識もない。それに三人がいる場所は土砂と瓦礫が厚くて、掘って進むのは時間がかかりすぎる。途中で崩れてしまうかもしれない」「そんな。どうしたら!」 必死の形相のヨルゴをルクス様が手で制した。「柱と言ったね。それは木製かな?」「え? ええ、そうです」「三人のいる場所は、どの辺りか分かるかい?」「ここから八時の方向、六メートルほどです」「分かった。クレアにもうひと仕事頼みたい」 ルクス様は左のピアスを外して私の手に乗せた。 なんだろう?「これは我が公爵家に伝わる秘伝の魔法、その媒介。公爵家の魔法は植物を操る。たとえそれが切り出されて材木になったものであっても」「植物……」 私の脳裏に一つの光景がよぎる。 まだ彼と婚約すらしていなかった頃、初めてリスの姿で公爵家に潜り込んだとき。 カラスに追われた私を彼が助けてくれた。その際、庭木の枝が不自然に伸びてカラスを追い払った。 あれは公爵家の魔法だったのだ。「魔力は込めておいた。きみの意志で魔法は発動する。――頼んだよ」「はい!」 私はペンダントの鎖にピアスを留めた。魔力が混じらないように注意しながら、もう一度リスに変身する。「モッキュ! ピャー!」 リスの姿で気合の声を上げる。 土砂と瓦礫の穴に飛び込む前、一度だけルクス様を振り返ってみたら。 彼は困ったような、何か言いたそうな、複雑な表情で私を見送ってくれていた。 瓦礫と土砂の隙間をくぐり抜け

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     暗い闇の中で私は目を覚ました。ぼんやりとした思考がまとまらず、私は暗い空間をただ眺めている。「……ア! クレア!」 どこか遠くで私を呼ぶ声がする。 ルクス様の声だ。 とても必死で泣きそうな声。「クレア! どこだ、返事をしてくれ!」 小さい光が差す。針の穴を通したような、小さくて頼りない明かり。 声は光と一緒に聞こえてくる。 ああ、そんなに悲しそうな声をしないで。 私はあなたの力になりたくて、がんばってきたの。 幸せになってほしくて、一生懸命やってきたの。 だから、あなたがそんなに悲しそうだと、私も悲しい。「……ルクス様」 かすれた声で彼の名を呼んだ。呼ばれているなら答えてあげたいと思って。「クレア!?」 光の向こう側から、また名前を呼ばれた。今度は力強い声。「クレア、良かった! 生きていた!」 生きていた? そういえば私はどうなったのだろう。最後の記憶を思い出せば、土砂が波のようにこちらに襲いかかってくる場面。「クレア、きみは土砂崩れに巻き込まれたんだ。同じ家にいたが、俺は紙一重の差で無事だった。ヨルゴと村長夫妻も無事だ。だが――」「妻と娘が、ヴィッキーとナナが巻き込まれた! クレア様、二人は近くにいませんか。どうか二人を助けてください!」 ヨルゴの取り乱した声に、村長の沈痛な声が続いた。「よせ、ヨルゴ。クレア様の無事が第一だ」「……いいえ。探してみせるわ」「でも!」 私は手足を動かしてみた。節々が痛かったが、ちゃんと動く。大きな怪我はしていない。 暗闇に慣れてきた目で周囲を見渡せば、折れた柱が折り重なって空間を作っていた。 よく耳を澄ませてみる。 ごくかすかに、小さい子供の泣き声が聞こえる。ナナだ。「ナナ! 聞こえる? 私よ、クレアよ。どこにいるか教えてちょうだい」「ク

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     その日から天気は雨が続いた。 まれに晴れ間が見えるときもあるが、基本的に雨ばかり。「収穫が終わっているから、まだマシだけど」「秋祭りまでには晴れてほしいわね」 村長の家でヨルゴやヴィッキーと話をする。 彼らも秋祭りを楽しみにしているので、気が気じゃないようだ。 灰色の雲はすっかり空を覆って、日に日に色濃く黒くなっていくようだった。 そして秋祭りを間近に控えたある日、村に何台かの馬車がやって来た。馬車にはいずれも公爵家の紋章。「ルクス様!」 小雨が降る中、使用人が差す傘を飛び出して、私は馬車に駆け寄った。 馬車の扉が開いてルクス様が降りてくる。侍従が傘を差し出した。 ルクス様は濡れてしまった私を見て驚いて、すぐに微笑んでくれた。「久しぶりだね、クレア。濡れているじゃないか」「ルクス様にお会いできるのが嬉しくて、つい」 言ってから私は赤面した。我ながら正直すぎる。公爵夫人なのだから、もっと優雅なふるまいを身に着けなければ。「ふん、仲のよろしいこと」 意地悪な声がして振り返ると、もう一台の馬車から例の叔母が降りてくるところだった。叔父の姿もある。 私はルクス様から一歩離れて、彼らにお辞儀をした。「ようこそ、公爵領へ。何のご用でしょう?」「甥の領地を叔父が見回って何が悪い。視察に決まっているだろうが」 叔父が不機嫌に言った。乱暴に歩いて泥をはねさせている。「田舎は嫌ねえ。道は泥だらけ、家はボロ屋。まったく、あたくしのような高貴な婦人に似合わないったらないわ」 叔母がぶつくさと文句を言って、村長の家に入っていった。叔父も続く。「相変わらずですね、あの人たち」 思わず言えば、ルクス様も苦い顔でうなずいた。「クレアの集めた情報もあって、彼らはかなり追い詰められている。なんとかして村人の証言を防ぎたいんだろう。俺が秋祭りに合わせて領地に行くと知った途端、無理矢理についてきた」「そうでしたか…

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     丘の上から見る川は、今は穏やか。水面に陽光が反射して、美しいくらいだ。 でも私は知っている。この川は幾度となくあふれ返っては、村の畑を押し流し、村人の命を奪ってきた。 何世代にも渡る公爵家の記録が、川の荒々しさを語っている。 けれどこの村は貧しくて、いつも後回しにされてきた。 それをルクス様のお父上、先代様が決意して治水工事を始めた。先代様は熱心に取り組んで、実際に途中まで工事は順調だった。 ところが彼の急な死を経て、あの叔父の妨害が入ってしまった。(やり遂げたい。ルクス様のためにも) 私は思う。理不尽な邪魔をはねのけて、領地のために力を尽くしたい。先代様の志に応えたい。 仲良くなった村人たちの顔を、一人ひとり思い浮かべた。 この美しい村を守って、豊かな暮らしをしてほしい。飢えに苦しむことのない暮らしを。 そのためには、どうしたらいいか。「クレア様? どうしましたか?」 考え込んでいたら、使用人が心配そうに言った。「いえ、何でもないわ。この丘は避難場所にいいなと思って」「避難?」「万が一に水害が起きて、水が押し寄せたときは、高台に逃げるのが一番よ」 とっさに思いついたことを口に出したが、いいアイディアだと思った。 使用人はうなずく。「そうですね。備えあればうれいなしです。準備をしておきましょうか」「毛布と食料と……あとは何が必要?」「水は井戸が使えますから、そんなものかと。本当は家の修繕をしたいですが、今は忙しいですし」「ええ、収穫が終わったら手を付けましょう」 とりあえず、馬車に積んできた毛布といくらかの食料を古い倉庫に運び込むことにした。 ロウを引いた防水布にくるんでおけば、当面はちゃんと保存ができるだろう。 そうして一月ほど働いてクタクタになった頃、ようやく収穫が終わった。 収穫が落ち着いた後には秋祭りが待っている。娯楽の少ない

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